前回に引き続き「先生」に向けて書きます。

 

 ゆっくり「伸びる」と書いたように、先生として大切なことは、プラス思考で生徒と接する事ではないかと思います。

「振り覚えが遅い」「他の人が出来ても1人だけ出来ない」といった、否定的な見方をしないように、相手の長所を見つけるようにしています。

 

 「足は弱いけれどリズム感は良い方ではないか?」「身体は固いけれど、体格がフラメンコ向きではないか?」等々、長所は幾らでも見つけられるはずですが、それでも万策尽きたと感じる時は「教室に通ってきてくれる以上は、フラメンコが好きに違いない」と原点を見つめます。

  

 とは言え、グループレッスンでは「全体のペース」を考えなければなりません。

個人レッスンでフォロー出来るような環境であれば、それも良いのですが、私はクラス内の遅れはクラスで取り戻した方が良いと考えています。

つまり、生徒同士で教えあい復習できる環境や人間関係の構築に、力をいれるべきだと思うのです。

 

 一杯のコップに、2杯分の水を入れるのは不可能であり、器自体を大きなものに変える必要があります。

「器=身体」を変えていくには、相応の時間が掛かります。

毎日、1ml分ずつ増やしていくような作業を「本人に」やってもらわなければなりません。

 

 自己啓発本に書かれているような言葉ですが「やる気になってもらう」しかないのです。

私はいつも「良い意味でマイペースでいて下さい」と言っています。

他人と比べて卑下したり、慢心するのは無意味なことです。

 

 でも同時に「ここだけは譲れないからね」という言い方もよくします。

寛容に接することと、追従することは全く違うので、生徒側が習いたがることばかり教えていてはいけないのです。

 

 自分が「これだけは絶対に伝えたい」と思っている点に「応えたい」と思ってくれているかどうか、が大切です。

「応える能力の有無」ではなく「意欲の有無」に注意深くあるべきです。

 

 「厳しい」と受け止められて、辞めてしまうこともあるかも知れませんが、先生側が譲るべきではありません。

その人が本当にフラメンコを好きならば、きっと又、他の稽古場で続けていかれるでしょう。それで良いのです。

 

 生徒が稽古場を選ぶように、先生も生徒を選ぶ場面があってよいと私は考えます。そのことで、教室の特色が確立していきます。

 

 “フラメンコは誰に習っても同じ”ではありません。いえ、むしろ全員、違った教え方をするものです。

ゆえに「自分の教えたいこと」をしっかり伝えていける先生でありたいものです。

 

 教える側の姿勢が揺るがなければ、残るべき生徒は必ず残りますし、技術的なことは「時間」が解決してくれます。

 

 「具体的で的を得た指導」というのは言うは易く行うには難いことなので「どう教えたら判ってもらえるだろう?」と、私も常に悩んでいます。

「先生」にも成長する時間は必要です。

 

 きっと「ゆっくり伸びる生徒」こそ、自分の指導力を鍛えてくれる師匠のようなものだと言えるのでしょう。

 

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