毎年、母の日は志木のコミュニティセンターでミニ文化祭が催されます。
今回も【継続は力なり】を示す良い舞台でした。85歳のTさんもご健在です。*\(^o^)/*

マイクが1本(ギター用)しか使えないという素敵なハプニングのお陰で、パルマを打ちに来てくれた生徒も一緒にSevillanasを歌うことに...(⌒-⌒; )それはそれで楽しい展開になりました。

日頃から「自分が踊る曲なら下手でも良いから歌うべし」と言ってきた甲斐あり、広い会場でのPalillos付きSevillanasに合唱隊で対応出来たのは幸いでした。

さて今日のようなハプニングは、いずれ笑い話しになるとして…。


ともあれフラメンコは、踊りを“花”に喩えるならカンテは“根幹”であり、ギターはその栄養素を枝葉の隅々へ行き渡らせる“葉脈”なようなものかと私は考えています。

人体ならカンテを心臓、ギターを血管と言い換えても良いかも知れません。
脈動することは即ちコンパスを刻むことなのですから、私の生徒であるからにはどうか問答無用に勉強してください。

人はそれぞれフラメンコへの向き合い方や目指すところは異なっているのが当然でしょう。私はいつも「みんな違ってみんないい」と、金子みすゞさん的発想で捉えています。

でも、「カンテへのRespetoなしにフラメンコは語れない」この1点だけは譲れないのです。

言葉という壁が途方もなく高いのは、よく知っています。

私自身もずっとよじ登り続けつつ、しょっちゅうズルズルと滑り落ちてもいるので、実際にはまだ地面から足さえ離れていないのでしょう。

でも壁に背を向けてはフラメンコに触れることができません。
大切なのは「登り続けよう」とする姿勢ではないでしょうか。

母の日に因んで、フラメンコの“母”とも言えるカンテへのRespetoを再認識して貰いたく、いつも口にしていることではありますが、久し振りに書いてみました。





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