「せめて、後10年早く始めたかったわ」「もっと若ければね~」

踊りの生徒さんで、年配の方々がよく仰る言葉です。

 

 確かに「身に付ける芸」は、若い内から始めないと技術的に難しくなる面もありますね。

私自身、40代半ばでピアノを習い始めて、それを痛感しました。

もう、これからどんなに一所懸命練習した所で、難度の高い名曲を弾けるようにはならないだろうな・・と。

 

 でも「難度の高い音楽を演奏できること」イコール「音楽を愛すること」ではないのと同様に、フラメンコも「難しい振り付けをこなすこと」イコール「フラメンコを愛すること」というものではありません。

 

 最近ではescobilla:エスコビージャ(足のテクニックを見せる部分)に、3連・4連を使うのは普通ですし、vuelta:ブエルタ(回転)も、2回転・3回転を取り入れることがよくあります。

技術的には向上の一途を辿っていますので、世代が違うとしか言いようが無く、勿論、私にも出来ないことは沢山、沢山ありますよ。本当に幾ら練習しても追いつかないし・・・、あと10年若ければと思うこともしょっちゅうです。

でも、これは又次の世代も、ある程度の年代になれば、同様に感じることだと思います。

 

 出来ないことが多いから・・と言って、出来ない技術を無理に追い求めることよりも、自分に備わっている技量内で、如何に自分らしく踊れるか、が大切ではないでしょうか?

 

 本来、伝統的なスタイルのフラメンコは踊りも伴奏も本当にシンプルで難しいものではありません。

この素朴な「庶民の芸能」は、専門家が劇場で行うパフォーマンスと比べれば、「内輪の楽しみの枠」を出ないものかも知れませんが、それだけフラメンコの源流に近いところにあるような気もします。

  

 技術面だけを捉え、ましてやプロが提供するレベルのものと比較して「自分のやっていることなんて・・・」と卑下してしまうのは、残念なことです。

 

 「踊り」はフラメンコの「花」ですが、それが全てではありません。

「根幹」である「唄」をちゃんと勉強している人、つまりフラメンコを本当に判ろうとしている人は、意外に少ないものです。

 

 音楽がミュージシャンだけのものではないように、フラメンコも踊れる人だけのものではありませんから、出会うのに「遅すぎる」ということはないですよ。

私は「今、出会っている事実」を大切にしてゆきたいと思っています。

 

 

 

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