永年、フラメンコの先生業をしてきて本当に「切なくなる時」というは、生徒が自分の意に反して踊りを辞めざるをえなくなる時です。

 

 結婚や出産というおめでたい理由の時は、喜ばしい限りです。

また、引越しや本人の不摂生による故障などは「仕方ないこと」で諦めも付きます。

 

 でも、ずっと熱心にお稽古に通ってくれていた人が、不慮の事故や、病気、家族の介護などの事情で、長期的に休まなければならなくなる場面では、当人の心境を慮るに掛けられる言葉はほんの僅かで、切ないばかりです。

 

 泣く泣く、大好きなフラメンコを辞めざるをえなくなった人に、私はいつも「だいじょうぶ、あなたがフラメンコを好きでいる間は、フラメンコはいつだってあなたの傍にあるから・・・」

「今はどんなにしんどくても、必ずそれを自分の肥やしに出来る日が来る。稽古場に通うだけがフラメンコではなくて、毎日を一所懸命生きていく、そのこと自体がフラメンコな生き方だから・・・」と、言ってきました。

これは、この26年間、自分自身にも言い聞かせてきた言葉です。

 

 フラメンコは歳を重ねて身体能力が落ち、技術的に高度な事が出来なくなったとしても・・、だからといって言って萎びていく類の芸能ではありません。

その人の生きてきた年齢分、重みと輝きを増してゆくものだと思っていますし、そうあるべきだと考えています。

より厳しい状態で生き抜くことは、自分を磨くチャンスなのだ、と捉えていきましょう。

 

 実際、お金と暇を持て余して、さしたる情熱もないけれど、ただ稽古場にだけは顔を出している、というタイプの人で、良い踊りをする人は皆無です。

上手くなる、ならないの技術的な問題ではないのです。

 

 母子家庭でフルタイム働き、子供連れでスタジオに来て、寝入ってしまった子を抱きかかえて帰る「闘うお母さん」や、職場で誰より率先して働き、認められて、稽古のある日は残業なしが許される「お局さま」は、稽古場でも輝いています。

 

 ずっと昔、練習生だったころ、お稽古仲間でお金の苦労をしていたのは私だけでした。

それほどフラメンコはお金も時間も必要とする「お嬢さん芸」でした。

 

 ある時、「才能はお金で買えるんじゃないか?」と思ったことがあります。

つまり、お金さえ潤沢にあれば、スタジオは借り放題、いつも良いギタリストを雇って、先生の個人レッスンを受けて、フラメンコ三昧、練習三昧の日々を過ごせて・・・と、そんな諸条件に憧れたのです。

1日24時間のサイクルは全ての人に平等ですが、自由に使える時間は平等では有りません。

 

 衣食住+フラメンコに必要なお金を稼ぐために、昼も夜もバイトをしていましたが、働く時間が増えるほど、睡眠時間は減る訳でして、平均睡眠時間2.3時間というような日々を何年も続けました。

若かったから出来たとも言えますが、思い返せば何とも無茶な生活でした。

 

 でも、その当時「しなくても済む苦労」と思っていたこと全てが、今では自分の財産になったと思えます。

もともと、お金も時間もコネも・・・何もない所からスタートしたからこそ逆境に強い生き方が出来るようになりました。

そして、自分と同じ想いをしている人と、一緒に泣けるようになりました。

娘時代は、自分のことでしか泣いていなかったのでした。

 

 このブログを書き始めて、まだ短期間ですのに、プライベートブログを抜くアクセス数で、沢山の方が読んで下さっており、大変、感謝しております。

現在、在籍している生徒数を遥かに超える数ですので、きっと過去にご縁のあった方々もご覧下さっているのでしょう。

 

「元気ですか?フラメンコな生き方をしていますか?」

最初に買うなら

照明栄えする衣裳とは・・・・。

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