プライベートブログの方は、時々更新しているのですが、こちらは“お知らせ”だけが続いていたので、今日は、久し振りに書いてみようと思います。

 

 特に “これからフラメンコを始めてみようかな” とか“最近始めたばかりです” というような方に読んで頂ければ幸いです。

 

 フラメンコは、ご存知のようにスペイン:外国:異文化の芸能です。

かの地に生まれ、周囲をフラメンコの専門家に囲まれて育ったというような環境でない私たちにとって、そこにはとてつもなく幅広く深い河が流れていて、我々の行く手を阻んでいると言っても過言ではありません。

 

 河の流れはある部分では速く、またある場所では深く、向こう岸が見えないと感じることもあるでしょう。渡りきるには相応の覚悟が必要です。

それが無いままに、数歩踏み込んだだけで、早々と引き返す人を何人見てきたことでしょうか。

また、何とか向こう岸に辿り着いたとしても、更にその先に続く荒野に溜息をつき、別の道を探す人も沢山います。

 

 何か趣味を持ちたいと思う時、その性質を知っておくことは大切です。 

例えば、私は読書が趣味で、おそらく仕事以外では一番多くの時間を費やしています。

加えて最近は、自転車で走るのも楽しい、と感じているのですが、この二つは当然ながら、決して同時には出来ません。自転車で走りながら本を読むのは不可能だからです。

 

 でも一日は24時間しかありませんから、趣味に充てることが出来る時間は限られており、無理をすれば必ず何かに皺寄せがいきます。

ここで良い点は、読書も自転車も多少放っておいても大丈夫、ということです。

年単位で放っておいても大丈夫

本も自転車も管理さえ良ければ、いつでも触れるものですから…。

 

 さて、フラメンコはどうでしょう。

“聴く” “見る” という面だけなら、全く問題ありません。

いつでもフラメンコは求める人のすぐ傍にあると思います。

 

 しかし“踊る” “弾く” という側に立つには、何がしかの努力が必要です。

それは“継続”という言葉に置き換えることが出来ると思います。

身体で覚えたことは、身体を休めれば忘れてしまうからです。

でも、忘れたことは、また思い出せばいいだけ、とも言えるわけです。

 

 今まで、結婚・出産・病気・引越し・家族の介護等々、色々な事情で休まざるを得ない人を沢山、見てきましたし、私自身も出産で一時期はお休みをしましたが、もともとゼロからスタートしたこと、と思えば、そこは新たなゼロからの積み上げに比べれば数段、容易に復帰することが可能な場所と言えます。

 

 “加齢”という抗えない条件もついて参りますが、それはフラメンコに限った問題ではありません。

 

 石の上にも三年 (どんなに冷たい石も上に三年座り続ければ温かくなる)と言うように、三年続けば、何がしかの達成感は得られるようになるものですし、七年、十年、二十年と続けていく内に、ようやく見つかる課題もあります。

 

 その過程を歩む速度は、ひとそれぞれ違いますが、目指している点は概ね同じだと思うのです。だから、他人と自分を比べてはいけません。

 

 自転車に例えれば車輪の“径”と“回転数” の違いだけです。

大きな径の自転車と小径車では、同じ回転数でも進む距離が、又、同じ径同士でも回転数の違いで進む距離が、それぞれ異なるのは当たり前。

平坦な道で遠回りをするも良し、険しい峠越えをするも良し、時に休憩するも良し。とにかく少しずつでも前進しようとする姿勢に意味があると思います。

 

 私など、もう28年もフラメンコに関わり続けてきましたが、未だ、何ひとつ満足して踊ったり、唄えたりしたことはありません。

技術的な面だけを追い求めるなら、もうとうに諦めをつけるべきだったのかも知れませんが…。

 

 激しく心を打つような、ひとつのカンテに出会うたびに、フラメンコの懐の深さをに触れ、やはり続けていて良かったと感じるのです。

 

 我が師匠、小島章司先生は既に70歳を超え、まだ踊っておられます。

私は不肖の弟子ですが、師匠が進まれた道よりも短く、安直に挫折したり落胆したりは出来ない訳です。

まだ、どこにも辿り着いていないのですから。

 

 

 

 

 

 

 

お気に入りの曲1

11月26日のエスペランサ

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