昨日は中野ゼロホールという1000人以上のキャパを持つ舞台で本番だった訳ですが、今日は、志木の東北コミュニティセンターという地域の集会場での文化祭で唄って参りました。

 

 勿論、こちらのキャパや舞台環境はごく素朴なものですが、踊ってくれた「ビエント デル フラメンコ」のメンバーもまた、私の自慢の生徒さんたちです。

 

 継続年数、何と21年! 

 

まだ娘が乳飲み子だった時代からのお付き合いで、最高年齢のTさんは、今年84歳! 今回もかくしゃくと踊って下さいました。

 

 また、ここのメンバーから、昨日の舞台で群舞に参加した人もあり、今ではソロで踊れる力量をつけてくれました。今日は、アレグリアスの追い上げの足の場面では、自然と会場から拍手が起こり、感動的でした。決してフラメンコ関係者ではない一般のお客様に伝えられるものがあった成果だと思います。

 

 どのメンバーも決して器用なタイプではないし、それぞれに主婦であり、勤め人であり、孫を持つ人であったりと、全くの素人さんたちばかりです。

 

 しかし、10年、20年というその積み重ねが素晴らしいのです。今までに習った曲をどれも継続して練習しているので、4曲、5曲と踊れるレパートリーも広いです。

 

 スタジオに所属していても、発表会などでお披露目したっきり「昔の曲はもう忘れました」という生徒が大勢を占めます中で「習った曲を全部保ち続けている」というのは簡単そうに見えて実は大変なことです。

 

 生徒名簿を見直すと、5年、6年は当たり前、10年以上続けてくれている人が沢山あります。勿論、1ヶ月で辞めてしまう人だっていますが、人の縁の不思議と言いましょうか、類は友を呼ぶと言いましょうか、真面目で努力家の生徒が残ってくれているのは私の福運でしょう。(自分で真面目で努力家と言った・・・って誰か突っ込んでいるね、絶対)

 

 

 

 スタジオ内で催す「親睦会」や、狭いタブラオ、昨日のような大舞台、踊る場面は異なっても、出せる成果の本質は同様に思えます。

 

「客席に何か伝えられたかどうか」です。

 

 昨日の舞台を見て下さった方々からは、数多く嬉しい言葉やメールを頂きました。大いに身贔屓もありましょう。ですから、私やフラメンコとは距離のある方々の感想が伺えれば、それこそ耳を傾ける価値のあるものです。

 

 二日続けて、フラメンコの先生冥利に尽きる仕事が出来たこと、関係者の皆さまに心よりお礼申し上げます。有り難うございました。

 

 ※ 「ビエント デル フラメンコ」は、私の生徒ではありますが、スタジオ所属ではなく、東武東上線の志木駅そばの公的集会所で自主自立的に活動しているサークルです。

 

 新メンバーも常時、受け入れておりますので、興味のある方は以下を参考に中心者の後藤さんまで、お問い合わせ下さい。

 

 

 

ビエント・デル・フラメンコ 

 新座市で活動しているフラメンコサークルです。 

 40代〜80代まで幅広く集まり、月に数回、楽しくフラメンコを踊っています。 

 

 練習日  第1,3水曜日 

      第2,4月曜日  午後3:15~5:30 

 練習場所 新座市 東北コミュニティーセンター 3Fホール 

 

 新規会員募集のお知らせ 

  フラメンコを知って楽しんでいただくために 

『セビジャーナスを踊ろう!』というグループを新規開設します。 

  練習日  第1,3水曜日   午後3:15~4:00 

  練習場所 新座市 東北コミュニティーセンター 3Fホール 

  会費   月2000円 

 

発表の場  15月に開催される地元の「東北コミセンまつり」 

       川崎さとみフラメンコ教室主催の親睦会・発表会 

      他、地域でのボランティア活動などに積極的に参加しています。 

  

 

 連絡・お問い合わせは  後藤滋子まで 

     電話 048-479-6490自宅。 

090-9158-4648携帯 

     メールアドレス  gotofamy@vennus.dti.ne.jp

 11日(土)は、雨でお足元の悪い中、中野ZEROホールにご来場頂き有り難うございました。

 

 ともあれ、群舞とルンべーラの2曲を終えることが出来ました。

 

どちらも「もう一回やらせて下さいっ!」というのが正直な気持ちです。

 

 でも、本番は一回しかないのです。そして、「もう1回」があったとしても、やはり「もう一回やらせて・・・」と思うのでしょう。

そんな風に、何度も何度も納得できない自身と向き合って、ある種の達成感を抱きつつも、それにも勝る敗北感を「経験」という言葉に置き換えます。

そうでもしないと、前に進めないからです。

 

 舞台が滑る。音響のバランスが悪い。モニターが返らない。群舞なのに場当たりの時間さえない進行・・・。

舞台裏は色々と問題がありましたが、そういった環境のせいにしても仕方がない。環境に左右されるのも実力の内、文句があるなら自主公演にしろ、って話しです。

 

 さて、ここまでは私自身の話し。

 

 

 1部でシギリージャを踊ってくれた7人と、2部でバックを務めてくれた5人には、感謝の言葉しかありません。

 

 シギリージャの練習に取りかかったのは2月の初め、でも音楽的な解釈や基礎的な技術が、あの曲をこなすレベルに達しておらず、最初の何回かは無為に過ぎました。たった2コンパスの足が唄えず、2時間ずっと同じ練習、ということもありました。

「足に歌がない」「動きに舞踊性がない」等々・・・。皆、耳にタコができたことでしょう。 

 

 「1曲7分」の為に費やした時間は、誇張ではなく数百倍ですが、それらは全て自身の財産になったことと信じています。

 

 練習時間も当初の予定より大幅に増えました。

朝から夜までスタジオに籠もった日もありましたが、何と言っても7人とも一般の主婦や会社員ばかりですから、相当に無理をしたはずです。

 

 ともあれ本番を8人全員で終えることが出来て、それが私にとっては何より嬉しいことでした。

 

 皆さんありがとう。そしてあなたを支えてくれた家族や友人にくれぐれも宜しくお伝え下さい。

 

 また、私たちからチケットを購入して下さった方、そして今回は会場に来られない乍らも応援して下さった全ての方々に心よりお礼を申し上げます。

 

 私個人の次の目標は30周年記念ソロ・ライブです。

 ※11月4日(月・祭)のエル・フラメンコ

 

 どうぞ、ご後援のほど宜しくお願い致します。

 

 今日は日本フラメンコ協会主催のANIFERIAに出演するため、中野ZEROホール(大)へ向かいます。

 

 1部では、生徒の代表7名と私でシギリージャという形式の曲を踊り、また2部では 『Al abla:夜明けに』という曲を、ブレリアスの形式で歌います。

 

 この2曲はクラスで歌詞の解説をしてきましたから、当教室の生徒さんは主題を理解してくれることと思います。唄の意味が判っているか否かで、受け止め方の浅深に差が出るのは当然ですから、今日はその点もぜひ楽しんで下さい。

 

 また、フラメンコと直接関係のない家族や友人の方にも、大意をお伝え出来るように、次に曲の意訳を取り纏めて掲載しておきます。その旨お伝え下さい。

 

 

 1部のシギリージャ(群舞)

 

歌詞の意訳まとめ

 

 ああ、何という響きであろう。

  あの教会の鐘の音は

 私の愛する兄弟が奴らに殺されたから。

 

 余りの苦しみに私は押しつぶされて死にそう。

  どうか私をお救い下さい。

 

 

曲の背景と振り付けの主題

 

 生あるもの、いつかは死を迎えます。

しかし、天命を全うすることなく、殺されていく人々の何と多いことでしょうか。

戦争や内乱で、人種的迫害で、また病気や事故、天災、自死という手段を選ぶ人たちも含めて、望まざる死と向き合わねばならぬ時に、一番苦しむのは残された家族や友人です。

 

 シギリージャは重い歌詞が多く、この曲も兄弟を殺された家族の悲嘆を歌っています。

 

 私は以前3.11の震災後にスタジオで行った被災地支援ライブでこれを踊り、その後、南相馬と飯舘村でも踊りました。1人で表現出来ることには限界がありますし、群舞ならでは、また劇場という舞台ならでは創作出来ることがありますので、その頃から群舞としての構想を練っていました。

 生徒達にとっては、とても難しい曲であったでしょうが、厳しく長い練習に良く耐えてついてきてくれました。今日はその成果が出せるように頑張ります。

 

 

2部 Al alba :夜明けに

 

 スペインの国民的シンガーソングライター、 ルイス  エドワルド  アウテ の有名なヒット曲で、これもやはり死をテーマにしたものです。

 

 1936年ー39年の内戦を経てスペインではフランコが独裁政治が始まりました。彼の政策の功罪をここで論ずるものではありませんが、言論、宗教、芸術など表現の自由や人権が奪われ、多くの無辜の命が犠牲になった時代であることは確かです。

 

 フランコの独裁政権は彼が高齢になり病死するまで実質的には続きました。70年代前半にはその勢力の低下から、反政府運動の熱が高まり多くの若者が地下組織に身を投じました。しかし、ひとたび警察に捕まれば満足な裁判を受けられないまま死刑に処せられることが多かったようです。

 

 『アル アルバ:夜明けに』は、アウテがそうした死刑に反対するために書いた曲で、当時の「検閲」を通過するために、かなり歌詞に工夫がなされています。直訳すると意味不明に感じられる部分も、この時代背景を知っている人であれば、納得できることでしょう。

 

 オリジナルはこちら:http://www.youtube.com/watch?feature=endscreen&NR=1&v=RXgG9izhvAk

 

意訳

 

 もし君に伝えられたならば…

 僕は夜明けを恐れている。

 何だって星はあんな風に

 脅すが如く煌めいているのだ。

 何だって三日月は、

 その刃先から赤い血を滴らせているのだ。

 まるで死に神が持つ鎌のように

 

 僕は予感している。

 この夜の後に続くのは、永遠に明けない夜(死)だってことを。

 

 僕を見捨てないでおくれ

 夜明けに 夜明けに

 

 

 

 私たちには息子が居なかったとでも?

 彼らは汚濁にまみれた世界で

 その日が近づきつつあるのを

 わかっているかのように

 青春期を消費する。

 その日はくる。

 血に飢えて待ちきれないかの如くに。

 

 

 数え切れないほどの無言のハゲタカたちが

 次々と羽をひろげていく。

 この静かなる踊りが君を打ち砕くのではないのかい?

 呪われた死の舞踏

 明日の火薬(銃弾)

 

 僕は予感している。

 この夜の後に続くのは、永遠に明けない夜(死)だってことを。

 

 僕を見捨てないでおくれ

 夜明けに 夜明けに