José Mercé  ホセ・メルセ の aire アイレというCDは名盤で、大好きな一枚だが、その10曲目に Al alba アル・アルバが録音されている。

 

 形式はBulerías ブレリア、でもCDに、そう示されていないのは、この曲がLuís Eduardo Aute ルイス・エドワルド・アウテという人のオリジナルでスペイン人ならおそらく誰でも知っている?と言って良いほどの有名な曲だからだ。

 

 日本で、もし誰かが谷村新司の「昴」をブレリア調で歌ったとしても、やはり「昴」は「昴」でしかないから・・・という感じだろうか?

 

 一見、恋愛を題材にしているように思えるこの曲が、世に出されたのには、実に重い時代背景がある。

人権擁護団体のアムネスティ(カタルーニャ)のHPに、Auteのインタビューと歌詞(オリジナル)が掲載されているので、紹介しておきたい。

 

http://www.amnistiacatalunya.org/edu/2/pm/pm-poesia-aute.html

 

 スペイン語のインタビュー内容を簡単に説明しておくと、これは1975年、フランコの独裁政権下で、最後に行われた死刑に抗議する為、緊急に書かれたもので、当時の検閲を通り抜ける手段として、恋愛風の歌詞に本来の意味が隠されている。おそらく、アウテの数々のヒット曲の中で、一番、歌い継がれているであろう、ということだ。(次回、ちゃんと訳文を掲載します)

 

 私は、ホセ・メルセ版を聞いた時は、特に心に残る曲ではなかったのだが、歌詞に秘められた本来の意図を知り、アウテのオリジナルを聞いてからは、いつかはこの曲を唄いたい、唄わなければ、と思ってきた。

 

 12月28日に今年最後のエスペランサ・ライブがあるので、それに間に合わせようとしている。

 

 アウテとホセ・メルセ以外にも、女性で唄っている人がいるので、興味のある人は聞き比べてみて下さい。

私は、やはりアウテが一番、好きだけれど・・。

 

 Aute  http://www.youtube.com/watch?v=zPW_iz40Bl0&feature=related

 

 José Mercé  http://www.youtube.com/watch?v=sRadQwNsq_Q&feature=fvw

 

  Rocío Marquéz  http://www.youtube.com/watch?v=0NO5ewTcX14&feature=related

 前回、成り行きを書いた「頂き物のCD]を早速、聞いてみた。

あれ?と言っては、失礼だがとても良い!

ギタリスト他のアルティスタも皆、すごく良いし、曲も全て伝統的なスタイルで、聞きやすく、何より歌詞も良い。

彼、こんなにいい歌い手だっけ?と、今更ながらに感心している。

 今まで、彼の実力が発揮できる場面で、私が聞いたことがなかった、というだけのことなのだろう。

今度、出会ったら正直に「すごくいいね!」と伝えるつもりだ。

 

 特筆すべきは、全曲日本語の訳詩がついていることで、これはわが師、フラメンコ研究の第一人者である飯野先生が書いておられるので、素晴らしいのは当たり前である。

 

 唄を勉強する材料としての価値も高いと思ったので、早速、生徒たちにも薦めてみた。

(私の身近に居る人、私に連絡くれれば彼に注文しておくよ)

値段は判らないけれど、多分、2000円~3000円の間では?

明日にでも確かめておきます。

 

 自分で直接注文したい、又は、誰の何と言うCDかを知りたい方もご連絡下されば、お返事します。

成り行きを書いた都合上、個人名を書くのは差し障りがあるかも知れないので・・・。

今日、スペイン語会話のクラスから帰る途中、駅でバッタリと某スペイン人cantaor(フラメンコの歌い手)に、出会った。

 

「おおっ!久し振り!元気だった?!何でここに居るのよ?」等々、話しが弾んで信濃町~新宿間の数分、一緒に電車に乗ったのだが、何やら疲れている様子。

「仕事が忙しいのね?」と尋ねると「おうよ、世間はどうかしらんが、俺は忙しい」

「良いことじゃない?」

「良いことだが、良いことばっかりじゃない」

・・・・、う、く、、来るぞ、これは・・・。と思えば案の定・・・。

「何で日本のアルティスタ(フラメンコ界の)は、皆、あんなにも唄を知らんのだ~!踊り手もギタリストも、み~~~んな、何にも判ったとらんじゃないか~~~!お前は歌い手だから俺の気持ちが判るだろう?いいか、何を唄っても同じなんだぞ、聞いちゃおらんのだぞ~~!唄は言葉なんだぞ!もっと敬意がを払うべきだろ?」と、不満爆発!

 

あう~~、この台詞、ずっと昔にも散々聞かされたよ。(やはりスペイン人の歌い手から)

 

 日本人の歌い手は(私も含めて)余程、信頼関係の整った相手か大切な人でなければ、「唄を聴いて下さいよ」とは言わない。

自分自身も、唄を勉強する段階で、その難しさを思い知っているから・・・、下手に刺激して逆切れする先生や、意気消沈する生徒さんに出会うのも辛い。

でも、もし唄に興味を持てず、好きにもなれないならそれはもう「フラメンコ」を好きだと言ってはいけない次元であろう、とおそらく全員もれなく思っているだろうが。 

勿論、私はキッパリそう思っている。

 

 だから、憤懣やるかたない彼の言葉は、どれも頷けるものばかりだが、そんな私自身もまだまだ判らないことだらけだから、取りあえず「ごめんね、私たち日本人にとって言葉の壁は厚いのだよ、でもフラメンコが好きなら、もっと勉強しなきゃだね」と謝っておいた。

 

 「そういえば、お前最近唄ってないのか、全然見ないじゃないか、フラメンコやめたのか?」 彼とは以前、唄の仕事で共演しているので、以来私を専業cantaora だと思い込んでいる。

「やめてないよ、踊っているよ」

「え?踊りに転向したのか?」

「いや、もともと踊り手なんだよ、だから踊り手の都合も判るの」

「ふ~~ん」

 

 怒涛のような数分間、新宿駅で別れ間際に「お前に渡したいものがある」といって取り出してくれたのが、彼のオリジナルCDだった。

「え~っ!いいよ、買うよこれ!」

「いいんだ、やる、取っとけ!」

「あ・・ありがとうね・・・」・・もらってしまった。

あ、サインを求めるのが礼儀だったかしら・・・。

 

 スペインの失業率は20%だ。ましてフラメンコ界のアルティスタで、それだけで食べていける人は、とても限られている。相当に有名な人であっても・・・、例え仕事があったとしても、ギャラは恐ろしく安い。だから彼らにとって日本は絶好の市場である。

 

 彼らから見たら、三流、四流以下の日本人アルティスタが、それを職業としていながらも、フラメンコの根本であるcante:唄のことはさっぱり判っていない。しかし食べていくためには、そんな世界で仕事をしなくてはいけない。日本ではスペインの数倍でお金が動いているから。

 

 年末、年始は故郷のヘレスで家族と過ごすと言っていた。

日本での仕事の疲れが癒されることを祈ろう。